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燃え燃えキュン

小説読み書きレビューしたりゲームの考察についてのブログ

けものフレンズ……なんだこの作品は……

 最終話見終わった。

 なんだよこれェ……いい話じゃねェかよこれェ……。

 

 正直に言おう。最初見た時、1話を8分で切った。

 そりゃそうだよね。しょっぱなから訳わかんない展開で、話が進んでる感じがしないし、そもそもどういう話なのかがさっぱり読めなかったし。

 まぁ幼児向けアニメなのだろう、という思いしかなかった。

 

 それからしばらく経ち、どうやらけものフレンズが評価されている模様。

 ……なんだろう。ネタ的な意味で、これはひどい的な意味で、晒し上げられているのだろうか。そんな思いがあった。

 二度目の1話視聴チャレンジ。

 やはり開始数分の時点で心が折れそうになる。

 が、耐えながら見進めていくと、なんだかんだいい話なんだよな。

 最初に出会った仲間に導かれて、次のエリアを見つけて、ありがとうね、ここでお別れだね。

 アニメ換算でたった数分間の出会いでしかなかったのに、なんだか別れがちょっと寂しい。

 それもこれも、サーバルちゃんが「いい奴」だからなのである。

 ちょっとアホっぽくて、でもそんなことがどうでもいいくらい、いい子なのだ。

 何もできない主人公を馬鹿にすることなく、気にするな、大したことない、自分の得意なことを見つければいい―― そんな優しい言葉で、共に行動していく。

 でも縄張りがあるから、別のエリアには行けない。だからここでお別れ。

 自分では何もできない主人公は心細く思いつつも、寂しく思いつつも、次の場所へと進んでいく。

 と思いきや、なんとサーバルちゃんが心配だからといって付いてきてくれるのだ。

 

 正直、ここでニヤッとしたね。

 なんだよお前ぇ! めっちゃいい奴かよ! 一瞬寂しさを演出しつつ、直後やっぱり付いてきちゃったって、もーーーーーーーいい子なんだからぁ!!!!!!!!!!! 可愛いのう! こやつめ! こやつめ! ワハハハハ!

 そう思わずにはいられなかった。

 一人の旅より二人の方が絶対に楽しい。こんな引きをしたら、先が気になるに決まってるじゃないか……。 

 

 しかしそれでもだ。

 視聴当時、声優さんはちょっとまだ演技が下手に思えたし(だが今なら言える。サーバルちゃんの声はこれがベストなのだ。棒読みっぽさが煽りでもなんでもなくマジで最高)、CGが安っぽいし、見どころというべきものを見つけられなかった。

 しかして最終話。

 これがもう、いわゆる「熱い展開」というものがこれでもかというほど詰め込まれている。ちょっとバトルシーンのモーションが安っぽいというかなんというか……まぁそんな感じのところもあったが、んなもん微々たるものだ。気にするな。

 この熱い展開について色々語りたいところだけど、野暮というものだろう。見れば分かる。見ろ。

 で、ラストで一抹の切なさが訪れる……と思いきや!?

 

 もう何もいうことはない。最高のラストだった。

 続きは見たいが、見なくていい。続きは無くていい。

 勿論物語の舞台についての謎はあるのだが、なんかもう今の自分としては、キャラクターたちが幸せならそれでいいかな、という感じだ。

 何か大きな事件が起こってしまったとしても、あの子たちなら何とかするだろうという確信めいたものがどこかにある。

 けものフレンズに完敗。そして乾杯。そんな感じだ。

 

 この作品を五分切りした兄貴たちも、とりあえず15分くらい我慢して、なんならズバッと前半をカットして、1話の後半だけでも見て欲しい。

 

 

 

 ……で、ここからはどうでもいい話なんだけども。

 ではこの「けものフレンズ」というアニメーション作品。創作物として何が良かったのか? という話に移ろうと思う。

 やはり「キャラ」が魅力的だったんだろう、と思う。

 嫌なキャラがおらず、視聴者にストレスを与えることがない。

 敵は存在しているが、人間型ではなく、無機物型の、創作物におけるいわゆる「突如発生した人類の敵」タイプの敵。エヴァンゲリオンの使徒などと同型のタイプと言える。何か知らんが人類に敵対してるらしい、という感じの。他の例では、進撃の巨人の「巨人」タイプというか。

 まぁ一旦敵については置いておこう。

 で、ストーリーについてだが、二つの軸があるように感じられる。

 新たな「ちほー」におけるフレンズのお悩み解決といった線のストーリーと、フレンズの敵であるセルリアンとのバトル&謎の追究。

 これらの問題・事件をブレイン役である主人公のかばんちゃんと、行動派、肉体派であるサーバルちゃんが互いに協力し合いつつ解決を試みる、という流れになっている。

 言ってしまえば「お悩み解決」が横軸で、「セルリアン退治(?)」が縦の軸ということだろうか。主人公の動機、目的としては「自分の正体を探ること」なんだろうけど。まぁセルリアンを追うことで自分の正体に近づく、というような構造といえば、そうなのかな。

 確かにセルリアンとは何なのか? この世界は何なのか? 何故人間がいないのか? といった謎があり、興味深いというか興味をそそられる内容ではあるのだが、じゃあそれがヒットの要因なのか? というと違うと思う。

 言ってしまえばこれらの要素はありきたりだし、けものフレンズでしか見られないものでもないだろう。

 フレンズたちの抱えている問題を解決するというのも、良くも悪くも児童向けといった内容だし、特筆するようなものではないと思う。

 となると、やはり一番のヒットの要因としては、キャラ、その中でもサーバルというキャラクター性がウケたからなのではないか。

 他にもすごーい!だの、たのしーい!といった、ネタとして愛されやすい語録があったというのも関係しているだろう。

 あとは時代性に合っていたということだろうか。

 大丈夫フレンズによって得意なことは違うからだとか、そういった現代の人間に足りていなかった優しさ成分みたいなものが、視聴者に受け入れられたのだとかそういうのもあるだろうけど、創作的には分析しにくいので深い追求はパスする。

 つまり「キャラクター性」と所謂「同時代性」、更には「キャッチフレーズ(?)」が組み合わさったことによる勝利……がこのヒットの要因なのだろうか。

 んでラストに熱い王道展開を持ってきたのは非常に良かった。

 これらから学ぶとすると、やはりキャラクター性が重要と見ればいいような、それだけでもないような。

 うーん個人的にはぜひ、サーバルというキャラクターが生まれたまでの経緯というか、どのような発想でこのようなキャラクターになったのかが知りたいところ。

 受けると思って(悪く言えば打算から)生まれたキャラなのか、それともストーリーにマッチしているから(悪く言えばストーリーに対して都合よく動かせるから)生まれたのか、何が先立って完成したキャラなのかが非常に気になる。

 これを他作品で活かすとすると、ダメダメ(に一見見える)主人公をポジティブに励ましていくいい子キャラが、誤解を恐れずに言えば、松岡修造的なキャラが受けるのだろうか?

 しかしサーバルちゃんそのままといった感じのキャラは、ライトノベルではちょっと活かしにくいだろう。サーバルちゃんはいい意味で幼く、故に無邪気で純粋だから受けたのだと思うが、ライトノベルで主に演じられる高校生くらいの年齢でサーバルちゃんのキャラをやるには少々イタさが浮き出てしまうように思われる。

 まぁそこで、野生児だからとか、生まれたばかりの存在だからといった理由付けを行えば通用しそうな気もするが、流石にそのまんまだとパクリ乙としかならないだろうし、あくまで参考程度の意見ではあるけれども。

 でもやはりキャラが大事だということは分かった。もう分かり切ってるけど、一応そう言っておく。

 んでサーバルちゃんから見るに、今の時代に足りていないものを補うかのようなキャラクター性が必要、ということに思える。

 結構前の話ではあるが、リーガルハイで「倍返しだ」が流行したのも、現実にそういうことが言える者がいなかったからこそ受けたのだ、と言うことができそうだ。

 つまり現実には言いたくても言えないことを代弁してくれるような発言、言動。それを持ち合わせたキャラクター性が、ヒットを生む要因だろうか。

 まぁサーバルちゃんの「現代に失われた(というか希少なというか)優しさ」という意味での「求められているもの」と、倍返しだに類する「言いたくてもなかなか言えない」という意味合いでの「求められているもの」では安易に同一視することはできないだろうが、逆に考えればバリエーションを持たせられるという良い意味に捉えていきたい。

 思いつきではあるが、今言うところの「バブみ」とやらが求められているとすれば、なんつーか母性溢れるキャラクター性を持ったヒロインがウケたりするんじゃねーかなーと安易に思ったりはする。

 でもだからといって、オラお前らがバブみバブみ言うから母性溢れるヒロイン出してやったぞ、としても、なんかあからさますぎて敬遠されてしまう光景が見えなくもない。いや、非公式なカップリングを妄想するのは楽しいけど公式にそれをやられてしまうのはなんかちょっと違う、みたいな。難しい。

 話を戻そう。

 けものフレンズはサーバルちゃんというなかなかのオリジナリティを持ったキャラがいたわけだが、対してストーリーの方は王道、悪く言えば他にもありそうな内容ではあったように思う。勿論クオリティが高かったのは言うまでもないが。

 更にセルリアンの謎といった、それらの要素を複合した際の匙加減の妙こそが最も評価されるべきポイントなのかもしれないが。

 この「けものフレンズ」という作品に於ける、キャラクター性を発揮する場面、セルリアンという謎・興味を引かせる部分(設定)、それらを合わせたストーリーの比重といった要素を分析する価値は、十分にあると思われる。まぁ分かりやすく言えば、構成がどうなってんのかって話かな。

 アニメ作品を長編小説に置き換えるのは難しいだろうが、勉強のためにもやっておかないとなぁ、という思いはある。

 ま、小難しいこと考えるよりは、その時間を魅力的なキャラを生み出すために使えって感じかねぇ……。