〇〇エンドという考え方
・ハッピーエンド
最も普通だと思われる物語の終わり方。
簡単に言えば主人公が悪を打ち倒して平和が訪れ、主人公とヒロインは幸せになりました、終わり。という終わり方と言える。
心地よい余韻が得られる。
しかし物語そのものに魅力が無い場合、読者の心に何も訴えるものが無いということになる可能性が有る。
・バッドエンド
簡単に言えば、物語の目的は達成されるものの主人公が死ぬようなもの。
一言で言えば悲劇。
ロミオとジュリエットなどがそれに該当すると思われる。
二人の愛という行為は貫いたものの、最終的には主人公もヒロインも死んでしまう。悲劇のお話。
他にも、事件は解決したものの黒幕は捕まっていない終わり方など。
胸糞悪さが残るものの、それだけに読者に与えるインパクトは大きいと思われる。
・ビターエンド
バッドエンドの亜種だと思われる。
定義が難しいが、物語が終わった後に虚しさが残るようなものがビターエンドなのではないかと自分は考えている。
試合に勝って勝負に負けた、というのが比較的適切か。
例えば、物語の黒幕は倒したもののヒロインが死んでしまった、などがビターエンドに当てはまると考えられる。
第一目的は達成したものの、第二の目的は達成できなかった、というケース。
もしくは犠牲があっての終わり方。
ある意味では、一番リアリティがある物語の結末(現実では全てが上手くいくとは限らないという無情さがある展開だから)とも言える。
読後感は、やるせなさやもどかしさを感じさせる。
・実は終わっていなかったエンド
パニックものの映画などに多い気がする。
目的を達成したと思ったのに、実は別の敵が隠れていたり、黒幕だと思っていた敵が真の敵ではなかったりする終わり方。
物語の主人公たちは気付かず、読者だけがそのことを知って終わることが多い。
読者には絶望感や、物語が完全に解決した訳ではないというもやもやした感情を植え付ける。
・えっ、ここで終わり? エンド
ハッピーエンドの亜種だと思う。オレたちの戦いはこれからだエンドと言い換えてもいいかもしれない。
しかしここで言うのは打ち切りという意味合いではなく、物語を完全には描写しきらないことを指す。
天空の城ラピュタなどが当てはまると自分は考えている。
ラピュタを例に挙げると、パズーとシータは天空の城から脱出した後、一体どうなったのか、という点は非常に気になるところだ。
それぞれの暮らしに戻るのか、それとも二人は結ばれるのか、という点は気になるものの、それが本編で明らかにされることは無い。
目的は達成したものの、副次的な問題が解決していない状態での終わり方を指す。
想像の余地のある終わり方と言ってもいい。
読者の想像をかき立てる終わり方である。
ハッピーエンドから後日譚の部分を抜き取った終わり方と言えるかもしれない。
つまり、敵を倒したその時点ですっぱり物語が終わってしまうと、このエンドになると思われる。
この終わり方は、主人公たちが今後幸せになることはほぼ確定しているけど、どういう風に幸せになるのかが確定していないということだ。
その主人公たちの今後を読者の想像に任せるという、個人的なことを言わせてもらえば非常に卑怯な終わり方だと言える。
完璧でない故に、物語としての観点で見ると完璧な終わり方ではないだろうか。残念なことに。
ちょっと安易ではあるが、主人公がヒロインに(またその逆で)愛の告白をするその直前で終わる、というのが手っ取り早い「えっ、ここで終わるの?」型のエンディングの作り方だと思われる。
読者は、二人が結ばれるだろうとは想像できるが、実際にはどうなるか分からない。あっちのヒロインともフラグが立っているんだ……自分はあっちのヒロインの方が好きなんだ……どうなる! という場合は作者の術中にドハマリしていると言える。
また、結ばれたとしても、すぐに結婚するのか、とかだったり、いやいや(ヒロインがお姫さまとかだったりすると)国王の許しをいくら主人公とはいえそうそう貰えるはずもないだろう。どうなるんだ! とか果てしなく妄想が広がったりする。
作者は結末を知っているはずなのに、わざとその部分を描写しないで終わらせやがる。ド汚いエンディングと言わざるを得ない。
しかしそんな終わり方をする作品が残念ながら自分は好きだし、文句を言いつつも妄想が止まらない自分はひょっとしたらMなのではないかと思ったりもする。
最近でいえば夜のピクニックなんかがこれだった。
普通に兄妹として接するようになるのか、それとも禁断の近親恋愛にいずれ発展してしまうのか、ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!! みたいなそういう。
他にどのようなエンディングがあるだろうか。
大体の物語はこれのどれかに該当すると思うが、エンディングの種類を見ていて、バッドエンドというものは想像以上に難しいものだな、ということに気付いた。
あー今思ったけどデスノートもバッドエンド、なのかな。
主人公が悪であると、物語の解決=主人公の死となるから、バッドエンドにしかなりようがないのかもしれない。
まぁここで悪の主人公が心変わりしたりするとややこしいことになるんだけど。
そんで心変わりした挙句、心変わりする要因となったキャラクターが死んだりすると更にややこしくなったりするんだけど、まぁいいや。
良く考えれば、ロミオとジュリエットも悪の主人公&ヒロインと言い換えることが出来てしまうのかもしれない。
勿論人間の本質的な意味では二人は善であるはずなんだけれど、家柄や環境といった視点(二人が生きる社会)から見れば二人は悪ということになってしまう。
そっか、バッドエンドの物語を作るには、主人公サイドの人間がある視点から見れば悪になればいい、ということか(主人公の敵以外の視点に限る)?
というか周りの取り巻く環境から見て、善か悪かが問題なのかな。難しい。
もっと言えば、ロミオとジュリエットでも親サイドから捉えてもそれなりに面白い物語になり得るのかもしれない。社会的(というか家の都合的)な正義、という見方をすれば。
まー社会的な身分に正義と置くか、人間的な部分に正義を置くかどうかで同じストーリーでも二つの物語を作れそう。
簡単に言えば、主人公が悪であれば(悪を貫けば)自然とバッドエンドになる、ということなのかな。他にも全滅エンドとかもバッドエンドになると思うけど。
悪の目的を達成すればそれは(社会にとって)不幸なことであるのでバッドエンドだし、また主人公が死ねば例え悪であってもそれはそれでバッドエンド、だと思う。多分。
つまり社会から見て悪に分類される主人公であればバッドエンドになるのかな(ただし社会が善とは限らない)。というか社会から見て、反対の属性に主人公が属していて尚且つ悲劇的な事件が起こればバッドエンドものになる? んー。
結局ハッピーかバッドかどうだこうだなんて個人のニュアンスに依るところが大きいと思うので、明確に区別する必要もないんでしょうけどねー。
まぁバッドエンドを書くのに一番手っ取り早いのは、主人公を悪にすればいいってことですかね。終わり方の種類から先に考えて物語を作るのが良い手法だとは思わんけど、参考程度にはなるかも。