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燃え燃えキュン

小説読み書きレビューしたりゲームの考察についてのブログ

キャラの魅力についての再考

 一度は理解したはずなのに、またキャラクターの魅力というものについて分からなくなってきている。

 

 魅力的 検索

 人の心をひきつけるような力のある様

 

 と出てくる。

 魅力的かどうかは置いといて、ライトノベルの中では、私はフルメタの主人公である相良宗介が好きだ。

 何が好きかってーと、一般人の素養を持ちながら、平和な日本において戦争ボケというオンリーワンの個性を持っている点に尽きると思う。

 学生にして傭兵。

 この設定だけなら、まぁ他の作品にも存在はしている。

 しかし、フルメタ相良宗介ほど「学生にして傭兵」のリアリティを追求しているキャラクターは存在しないのではないだろうか。本来自分はリアリティという言葉が嫌いで、説得力という言葉を用いているのだが、ここでは敢えてリアリティと言いたい。

 他作品だと、主人公が傭兵だとしても、別に戦争ボケはしていないのだ。あくまで学校の世界でも常識人として描かれている。

 しかし相良宗介についてはその点において妥協せず、変人性を持つことを恐れず、傭兵という点を日常的学校生活に持ち込み、個性に昇華しているのだ。

 ここで気になる点がある。

 自分はこの相良宗介というキャラを評価しているのは、このキャラクターが好きだからではなく、創作物という点において、魅力的だとする要素を持っているから好きなのではないか、という懸念だ。

 上手く説明できないが、相良宗介というキャラ自体が好きというよりも、このキャラを生み出した賀東の手腕こそを評価しているのであって、本当はこのキャラ自体が心の底から好きなわけじゃないのではないか? という自分自身に対する疑念だ。

 

 魅力的なキャラって何だろう?

 ネットで色々検索してみたり、個人的に作品を読んで分解して魅力を構成するものを抽出してみたことも多々ある。

 例を挙げるとすると、

 ・欠点がある

 ・共感できる点がある

 ・葛藤する

 ・成長する

 ・ギャップがある

 などといったものがある。

 じゃあこれらを満たしてないと魅力的なキャラではないのか? というとそうではない気もしてくる。

 先に挙げた相良宗介であると、これらの要素は満たしているものの、私はそこに魅力を感じていた訳ではないように思えるのだ。

 戦争ボケは、そのせいで普通の学校生活を送ることができず、欠点であるといえるだろう。

 ヒロインである千鳥かなめが傭兵のプロである自分のいうことを聞かず、理想を掲げる姿に対して、彼女はここで殺してしまった方が苦しまないのではないかと葛藤する。

 現実の中で戦ってきた宗介にとって、非現実的な兵器を扱うことに苦戦するが、ヒロインのアドバイスによって乗り越え、成長する。

 平和な日常世界ではドジなことばかりしてしまう彼だが、一転して非日常の火薬と硝煙の漂う世界に入ると途端に八面六臂の大活躍を見せる、というギャップもある。

 相良宗介というキャラクターはこうした創作のツボを押さえたプロフィールを持っているのだが、しかし自分はそういった面には彼の魅力を感じていなかったように思う。

 じゃあ何が好きなのか?

 やはり、戦争ボケを忠実に平和な日常の中に持ち込んでいることだと思えて仕方ない。

 設定で傭兵ですよーというのは簡単だが、しかしそれをしっかりと日常の中に落とし込むのは至難の業であり、それが出来ているからこそ私は相良宗介というキャラクターが好きなのではないかと思う。

 じゃあ、そういった特殊な環境で育ったキャラでなければ、魅力的なキャラになり得ないのか? そういった疑問が出てくる。

 答えはNOだ。そうでなくとも魅力的なキャラはたくさんいることだろう。

 しかし人は簡単にキャラの魅力キャラの魅力というけれど、本当に人々はキャラの魅力というものについて理解しているのか? と思う。非常に疑わしい点だと私は思っている。

 ただ挙げるのは簡単だが、ちゃんと自分がそのキャラを好きな理由を言語化できるのか? 何に魅力を感じたのか説明できるのか? 非常に難しい問題だ。

 例えば私はフルメタのヒロインの千鳥かなめが好きだが、しかし彼女が魅力的かというと疑わしいところがあると思っている。

 自分は、美少女で、なのに中身はおっさん臭い、という所謂表面的、属性的な面が好きなのであって、彼女という人間には別に魅力を感じていないように思う。

 このように外面的な要素でも、人はキャラを好きになる。「好きになる」と「内面が魅力的」というのはイコールではないのだ。

 人が人を好きになることは、案外曖昧なものである、と自分は思う。

 それと同じで、人がキャラを好きになるのも、曖昧で不確かなものではないだろうか。

 しかしだからといって創作のお約束的な部分のキャラの魅力の要素を捨てる訳にもいかない。

 結局はギャップが一番大事なんじゃねーの? と思ったりするが、本屋のダイアナでは特に主人公たちにギャップは存在しなかったように思う。ティアラには、実は、という形でギャップが備わっていたが、ギャップなどという要素的なものであのティアラという登場人物の魅力を表現できるとは思えない。

 新人賞にはページ数という制限があり、その中で重要度の高いものを取捨選択しなければならないが、そのキャラに何が必要な要素なのかを見極めるのは非常に難しい。

 キャラがテンプレだの記号的だだの、いうのは簡単だが、じゃあどうやってキャラから人間になるのよ? って答えには今のところ誰も正解を述べられていないように思う。

 人間味って何? 人間らしさって何? 分からない。

 そこが理解できれば魅力的なキャラが生まれそうな気はするけど、千差万別であるそれぞれのキャラに魅力を詰め込む方法も様々で、どうすりゃいいのかわかんないよ。

 どうやったら人はキャラを好きになるんだよ。わけわかんねぇよ。

 ファンタジーとか冒険ものだったりしたらキャラの魅力に割く描写は減るわけだし、ますますどうやって魅力を表現したらいいのか迷うよね。

 キャラの魅力ってなんだ。